しかし治る見込みの少ない弱り切った体の人にその治療も過酷なもの。多くが認知症になり、体もやせ細って・・そんな治療が果たして本人のためになるのかという話題でした。命が助かるのならと受けて、何年もただ命だけが生き延びて、もう本人は変わり果てた姿の人たちが映し出されました。
一度受けたら二度と取り外すことのできない、取り外のは犯罪になるのでしょうね。長引く治療に家族は疲れ果て、そして本人も苦しそうで、そこまでして生かすのはももう忍びないと、二重に苦しんでいました。
先日母が体調が悪いと寝ている姿、顔がもう死人みたいでした。いつものきれいな母ではありませんでした。
可哀そうなくらい恐ろしい顔になっていましたが、そんなことはいえません。ゆっくり休んだら元気になるからと励まして帰りました。おかげさまで元気になりましたが、あのときの顔は忘れられない顔です。胃瘻を受けている人たちの顔はまさにそんな顔、体はやせ細っています。
父を思いました。父は肝臓がんで亡くなりました。末期にはやせ細っていました。でも意識はしっかりして、意欲があり、体の動く限り何かをしていました。食欲もありました。亡くなる20日くらい前に父のそばで寝ました。
起きても寝ても腹水でパンパンのおなかの辛さはもうたまりませんでした。長生きしてほしい、ずーと生きて欲しいと思う反面、もう楽にしてあげたいと思い、泣けて泣けて仕方ありませんでした。
父は不自然な延命を望みませんでした。ですから自然に亡くなりました。とても辛い体験でした。でもあれでよかったと思います。体にたくさんの管をつけて延命して本人も苦しい思いをして生きるのは辛いでしょう。、父の魂は嘆くと思います。別れは辛かったけど楽になれてよかったと思いました。母ももう延命治療なんてしなくていいから自然に死なせてと常に言っています。私たちもその道を選ぶと思います。もう87歳ですから、でも家族はもしかの望みにかけるのですね。
テレビに出ていたoさん、倒れた夫は渾身の力を振り絞って「かえりたい」と書いたのです。それで延命治療はしないことにして、家に連れて帰りました。そして数日後になくなりました。奥さんはそれでよかったのだと言っていました。
難しい選択ですが、ただただ息をしているだけ、食べれない、話せない、植物人間として骸骨みたいに枯れていく姿を尊厳というのはあまりに辛いです。この状態はもういやという自分の心の変化に驚いていますと嘆いていたAさん、何年もその介護をし、自分も倒れて、治療費をかせぐために働いて・・・。誰がその人を責められましょう。人間は惜しまれるうちになくなるのがいいのかもしれません。


